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ねいぴあの世迷い言

つれづれなるまゝに、をりをり、ぱそこんにむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

女子力に関する考察

ねいぴあ哲学

1年以上前に趣味で書いた文章。

もう一度読み直してみると文章の稚拙さが目立つ。

繰り返しも多ければ例えも適切ではないし、分かりにくく読みにくい文章に仕上がっている。

しかし、私はこの文章を書いたことで「女子力」は「継続力」ではないかという結論を得た。

そういう意味で有意義だったと思う。

1 前書きの前書き

この文章はものすごくめんどくさい文章である。

この文章がなぜめんどくさいのか、その理由も書いてあるというめんどくささを持った文章である。

すでにこの文章がめんどくさいのは筆者も把握しているところだが、時間に余裕のある方は是非ともお付き合い頂きたい。

そしてご意見を頂戴したい次第である。

2 前書き・前置き

最初に述べておく注意事項がたくさん存在している。

この文章はあくまで自己満足の文章である。

私の独断と偏見のみによって書かれており、私個人の考え方にのみ依存している文章である。

テーマの性質上男女を差別したり比べるような表現があるが、筆者にはその優劣をつけるような意図はないことを断りたい。

もちろん特定の宗教や信条に依存しているわけでもない。

このように書くと日本国憲法第14条

 すべて国民は、法の下に平等であつて、人種、信条、性別、社会的身分又は門地により、政治的、経済的又は社会的関係において、差別されない。 ― 日本国憲法 http://law.e-gov.go.jp/htmldata/S21/S21KE000.html

を思い出す。

一部の例外を含まなかったり、矛盾をはらんだ文章になっているが、最初にも書いたように自己満足なのでなんの問題もない。

3 そもそも論

3.1 はじめに

最近女子力という言葉が流行っているらしいが、「女子力、女子力」と連呼するやつは、ネタならまだしも、多用するのはただのアホにすぎない。

レッテルに関する後述もするが、「ヤバい」という言葉のように楽をしているだけであり、そういう考えないやつこそが“女子力”が一番ない。

 

3.2 レッテル貼り

レッテル貼りとは私なりに言わせると「一部の例外を無視してある程度の範囲の傾向を表す言葉を当てはめること」である。

レッテルを貼るというのは人間の得意な作業であり、そうすると物事を理解しやすくなる上に、概念を総括できる便利な方法でもある。

本来は人間の思考を助けるための有用な手段であるが、レッテルだけが独り歩きすると、元の意味から外れ、レッテルを貼った目的を見失ってしまう。

その状態に“女子力”という言葉は陥っている現状を理解してからこの議論を進めなくてはならない。

そんな今だからこそ正しい理解のもとで言葉を運用しなければ、女子力upどころか国語力が単に落ちた状態に成り下がってしまう。

レッテル・レッテル貼りについてはWikipediaニコニコ大百科(仮)にわかりやすい説明が載っていたので、そちらも参照されたい。

レッテル - Wikipedia http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB

レッテル貼り - ニコニコ大百科(仮)  http://dic.nicovideo.jp/a/%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%86%E3%83%AB%E8%B2%BC%E3%82%8A

4 女子力とは何か

この言葉が定義付けが非常にめんどくさい。

めんどくさいというよりも前述したように、広く使われ過ぎているためにまとめることが出来ないのである。

それを断った上で、傾向を知る、そして傾向をつかむためにいくつかの例をあげておこう。

きらきらと輝いた生き方をしている女性が持つ力。女性が自らの生き方を演出する力。また、女性が自分の綺麗さ、センスの良さを目立たせて存在を示す力。

― yahoo辞書 じょし‐りょく〔ヂヨシ‐〕【女子力】 http://dic.yahoo.co.jp/dsearch/0/0na/24075500/

1位「一年を通してムダ毛処理を怠らない」
2位「座っている時の足は常に揃った状態」
3位「着る服に合わせてメイクを変える」
4位「浴衣の着付けができる」
5位「飲み会の時さりげなく皿を片付ける」

― gooランキング これができていると「女子力」が高いと思うことランキング http://ranking.goo.ne.jp/ranking/999/womanpower/

今必要な女子力は…切り替え力、気配り力、盛り上げ力、かわいげ力、巻き込み力

― 日経ウーマン 働く女性に必要な「女子力」とは http://wol.nikkeibp.co.jp/article/special/20091118/104911/

「家庭力」と「おしゃれ力」の複合体

― Stroopwaffle トラ豆 http://d.hatena.ne.jp/stroopwaffle/20110601/1306933263

「女性から見ると媚媚で女性慣れしていない男性から見ると理想的に見えるように立居振舞う能力」

「自分の考えを持って、夢を向かって努力しながらも人に優しく精神の面では支えになってあげる女性(としての役割・力)」

パワハラセクハラは結構あるものだけれど、そこをしなやかにやり過ごし、したたかに生き抜く、それが女子校出身者に欠けてる女子力

― Stroopwaffle 女子力考察 http://d.hatena.ne.jp/stroopwaffle/20110603/1307114130

ここまでの引用でもお分かり頂ける通り、やはりたくさんの意味で使われている。

私の印象では、

・みんながついつい諦めたりめんどくさがってしまうようなものを妥協しない

・習うタイミングがどこかにあって尊重される技能

・さまざまな立場、場面における気遣い

という感じである。

特に日常的な場面においては「めんどくさがらない」と「気遣い」の2点にスポットを当てて使用されているように感じる。

5 女の子の女子力は男の子よりも高い

一見意味の分からない見出しになってしまっている。

そんなこと当たり前だという言葉が返ってくるかもしれない。

最初に、例外はもちろんあるだろうがあくまで一般的な議論をするためのテーマ付けなだけで例外を無視するわけではないことを断りたい。

この辺の断りについてはまえがきに書いたのでスルーさせて頂こう。

まずもって、女の子は男の子よりも大変である。

例えば、服装やメイクや髪型にしても、人間関係にしても、実に手間のかかることをやってのけている。

しかもそれをかなり幼いころから、家族や友達との付き合いの中で学んできたのである。

いい意味で「女の子なんだから」と言われて、いい意味で「女の子らしく」育てられてきたのである。

女の子は女の子になるための教育を受けていて、その点において明らかに男の子より優れていると思う。

ここら辺に“女子力”というものを解き明かすヒントが内包されているような感じがするのだ。

するように教育を受けたもの、しようと思えば出来ること、注意されたことがあるもの、身につける機会があったもの…

だからこそみんながうらやむ“女子力”なのである。

その教育を受けてきた点で男の子は負けていると思う。

女の子とはかけた努力やエネルギーの量が全然違う。

女の子はやはり女の子になるための教育を受けていて、みんな女の子たる女の子になる。

だがしかし、そこに性格性質と相まった差が生じる。

その小さな差こそが“女子力”であるような気がする。

6 性差について

男女の差というものはこの世における基本であり、子供や大人、人種や宗教による差ももちろんあるが、性差はとても大きなものであると言える。

例えば、男が作った商品は男向けになってしまうがちだし、逆もしかりである。

そういったところにも“女子力”が隠されていると思う。

女の子は前述したように共通教育を受けてきている。

だからこそ“女子力”が高い状態が実感を持ってわかるのであって、男の子が使っている女子力という言葉は経験による言葉のコピーに過ぎない。

女子目線で見たときに、自分にないものを感じる。

ここにも“女子力”が存在していると思う。

7 知りたいではなくわからない

“女子力”とは何か知りたい。当たり前である。

“女子力”はみんな欲しいものであるから…という議論をしたいのではない。

なぜみんなが欲しがるかを解いてみたいのである。

定義が決まっているものだと人間は“なぜなに”を感じない。

定義がなぜかと問われれば、例えば、「そう決めたら便利であるからみんなで決めた約束事」と答えるだけで何ら不思議はない。

定義を覚えて、ルールに従って活用するだけである。

何か知りたいという思いが湧いてくるということは、それは何か考える価値があるし、答えを知ってる人がいないものだということである。

総じて言えばよくわからないことであり、答えのないことで。

わからないからこそ人間は解明したいし理解もしたい。

だからこそ追い求める価値があるし、みんなが欲しいものでもある。

「女子力とはわからないものである」と結論付けることも出来るが全然面白くない。

前述のように、それを考えるから楽しいのであるし、入り口を探して実践するからこそ女子力upに繋がっていくのである。

8 高すぎると引かれる!?

出来る女は嫌われる。これもまたよく聞く話である。

仕事もスポーツも出来て、知的で器用で清潔で料理も得意な上、華があって話し上手でコミュ力も高い。

女の子社会では間違いなく嫌われます。

表面上嫌われていなくても、たとえ何も悪いことをしていなくても、よく思わない人がたくさんいると思います。

なぜなのか。そういう女の子はみんなの目指したい“女子力”を持っているのではないのか。

低いと女の子らしさを失い、高いと嫌われる。

これもまた“女子力”の意味不明なところである。

そのくらい女の子はややこしく、そして難しいものだからこそ、“女子力”という言葉が生まれるのだろうが。

つまり、一般的に“女子力が高い”という状態は、高すぎもせず低すぎもせず、かと言って目立たないこともなく人に気づかれるレベルのもの、というものすごく難しい状態なのだ。

それを踏まえたうえで改めて“女子力が高い”という状態についての考察を続けたい。

9 なにが“女子力が高い”という状態なのか

先ほども説明したように、最終的に答えは見つからないことも確認した上、非常に難しい議論にはなってしまうということも確認したので、このまま先に進みたい。

今回は私の貼ったレッテルである「めんどくさがらない」に着目してみたい。

“女子力を高める”というのは、自分磨きの一環であるといえよう。

さらに“女子力”という言葉の性質上、「人間力が高まる」ということは「女子力が高まる」ということもできる。

例えば部屋の掃除をするとき、仕事をするときなどに“自分”というものが表れる。

あくまでこれは例であり、常に自分という個人が存在している以上自分は常に表れるものであるが、何か行動をするとき、それは如実に表れてくる。

計画性であったり、やる気の出し方であったり、完成度であったり、手際であったり。

そのすべてが“自分”というものであり、今の自分の状態そのものである。

結局、ここぞというときに力を発揮しようとしても、いつもやってないことは出せない可能性が高い。

普段の行動に気をつかう人が、ここぞというときに自己ベスト以上の成績が出せるわけで、何もしていない人としている人、どちらに運がついているかは明白である。

10 もはや“女子力”関係ない

あなたの“女子力”が試されている瞬間はいつか。

合コンのとき?異性or同性or友達の前?サラダを取り分けるとき?人に料理をするとき?

そのすべては間違っているとここでは書こう。

“女子力”が一番試される瞬間は自分一人のときである。

普段、めんどくさがらない人はそういったシーンでもめんどくさがったりしない。

いつもの生活でどの程度サボらないようにできるか、そこに“女子力”が試されているのである。

そこで頑張れているのが“女子力が高い”状態、ついつい…と言って手を抜くのが“女子力が”低い状態なのである。

そこでやはり諦める人が多い。

自分に甘いとは言わないが、疲れ等を理由にして逃げてしまうことが多い。

だがしかし、諦める人が多いから価値があるのであり、“女子力”という言葉が生まれてくる理由でもあると思うのだ。

なぜならば、もともとみんながみんな“女子力”が高ければ、女子力なんて言葉は生まれて来ない。

やる気の出ないときにどうやる気を出すか、諦めたいときにどう踏ん張るのか、そこにこそ“女子力”の本質があるような気がしてならない。

11 んで、結局なんなの、“女子力”って

私に言わせれば、“女子力”とは「心のコントロール力」である。

実際にどう行動したから“女子力”云々言うレベルではなく、行動に移そうとする心の動きこそが“女子力”なのだ。

大事な局面が来たときに備えて、自分の心をうまく扱えるように日々訓練しておく能力なのである。

日常でいかに訓練を積んでおくか、そこにポイントがあるのだ。

成功もするだろうし失敗もするだろう。

しかしながら、その経験の中でどう学び、どう自分に還元して生かしていくのかを考えることが重要である。

そうすれば“女子力”というものが実感を持った経験として捉えられてくる。

そうすると、やるべきことやなすべきことが自発的に分かり、特別に気をつかう必要もなく、いつも通り行動しているだけで周りから、「女子力高いね」と自然に言われるのだ。

雑誌に載っているしょうもない小手先の戦術だけで勝ち残れると思いますか?

“女子力”とは何かを自分自身の頭で知らずに実践できると思いますか?

出来ませんよね。

みんながみんな出来ないからこそ価値があって、他人との差別化を図ることができ、競争に勝っていけるのである。

サラダを取り分けたからって何になりますか?

ただただ雑誌の流行に乗せられて、何も考えずに、やってもやらなくてもどうでもいいような行動をして「女子力高いねー」と盛り上がる。

これこそが一番“女子力低い”。

そんな人間に成り下がって馴れ合いを楽しむのか、真に“女子力”が高い女子(or男子)になって、仕事もプライベートも充実させるかどうかは、読者の思うところである。

12 おわりに・あとがき

読み返して、改めて自己満足だなと随所に感じる文章が出来上がってしまった。

私も出来ていないからこそこのような稚拙な文章を書くわけで、もともと“女子力”が高い人間はこんな文章を書かない。

書かなくとも他人との競争に勝っていっているし、何の問題もない。

だからといって、負けた、私には無理、めんどくさいと感じるだけでは、“女子力”が低い(笑)

自分自身を信じてあげて変わるだろうと期待を持ってやるか、無理だと決めつけて放置するか、さあどうしましょうかね。