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ねいぴあの世迷い言

つれづれなるまゝに、をりをり、ぱそこんにむかひて、心に移りゆくよしなし事を、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。

「煽り」

ねいぴあ哲学

私自身の発言において、他の人から見て「煽り」に見える行為は、

煽りとは、意図的に相手の感情を逆撫でしてキレさせることである。*1

という風に書かれているような「煽り」とは異なる。

和歌などでは有名な句や歌の言葉を引用したり、似た状況に直面したときにそのお話の題名や有名な台詞や特徴的な言い回しなどを用いることがあるが、私のそれはその感覚に近い。

例示

例えば、ラブライブ!という作品の登場人物東條希を指して、陸戦型ドム、サイコガンダムMk-Ⅱ、紫ピクミンと称することがあるが、これは私にとっては「煽り」でも何でもない。

陸戦型ドムやサイコガンダムMk-Ⅱや紫ピクミンは好きだし、知っている人も多いのではないかと思う。

正直に言えばサイコガンダムMk-Ⅱは嫌いかもしれない。機動戦士ガンダム EXTREME VS.(エクストリームバーサス)というゲームで敵キャラとして出て来る時に、ビーム砲の発生が割と早い上に、範囲が広くて引っかかりやすく、射撃するとスライディングを決めてきて、ステップ動作が遅れて結構ダメージ食らう場合が多くて、トライアルミッションのニュータイプのMk-II連合でSがなかなかとれなくて苦労した記憶があるので――。

共通のソースがあるがゆえの遊びだと思っている。

いたずらの感覚にも一部近いかもしれない。

ラブライブ!に堪能でなく、俗に言う「にわか」なのでファンには怒られるかもしれないが、東條希というキャラクターの魅力はすごくわかる。

発言の温かさや、性格や性質、とってもいいなと感じるシーンが多数ある。

作画のせいか体型をネタにされることが多いし、実際私自身も上記のようにネタにするが、本気で思っているわけではない。

私は本気でそう思っていたら、ネタには出来ないからだ。

余談になるが、エセ関西弁に関してはこのキャラクターに限らず、二次元でも三次元でも苦手である。

中高が関西の大学の附属校で関西から来てらっしゃる先生がとても多かった。

恐らく地元に住んでいる他の人よりは関西弁をよく聞くものの、関西弁そのものは地元の言葉ではなく、自分の"母語"とは異なった方言を客観的に見聞きする機会が多かった。

エセ関西弁というのは皮肉を言ったり、関西弁ネイティブが関西弁に関する自虐を言ったり、関西弁そのものを小ばかにするようなときに使われていた感覚がある。

もちろん本気でそんなことはしなくて、ネタの一種というか、引き出しの一つというか、それこそこの記事で書いているような遊びという部分がほとんどだと思う。

だから、エセ関西弁を聞くと、全体的にネタだったり遊びに聞こえてしまう。

これは意識してそうしているわけではなく、瞬間的にそう感じている。

常にエセ関西弁を話すの人に出会った時、いつまでたってもその感覚が抜けず、ずっとネタか何かを話している印象を受ける、という意味で苦手なのである。

本当に思っていることはなかなか言えない

話をもとに戻す。

本気で何かを思っていたらなかなか口には出せない。

真の本音はなかなか口ではいいづらいからだ。

口に出せることというのはそのレベルのことであって、口に出してはいけないことは言葉として出て来ないのだ。

いたずらや遊びやネタというものは、自分がどこまで許されるのか、どこまで自分を許容してもらえるのか、相手との心理的距離をはかったりするためにする行為かと思う。

もちろんやりすぎると相手を傷つけてしまうし、自分も傷ついてしまう。

ヤマアラシのジレンマのような感じ。

(なかなかこれがうまくいってない私が言うのもどうかと思うが)これを繰り返して、人との距離感を掴んでいくものかと思う。

ちょっと行き過ぎて相手を傷つけることもたくさん経験した。ごめんなさい。

言ってはならないことを言ってしまうこともあったりする。

失敗しないことは難しいだろうし、これからは万が一の時に制止したり、怒ってくれる人も少なくなるでしょう。

これからも失敗はあるかと思うが、それを繰り返すことでミスの頻度を大幅に減らせるかと思う。

「煽り」は難易度が高い

煽りというのは、冗談のなかでも最も難しいもののひとつだと思っている。

遊び過ぎてもリアリティがなくつまらない出まかせを言っているようにしか見えず、過激なものになると相手をただ怒らせることにもなりかねない。

絶妙なところを狙う冗談は難しく、よく失敗してしまう。

伝わらなかったり、ただ怒らせてしまうことになったり。

とても頭を使うことで、私の好きなことでもある。

最後に

誤解して欲しくないのは、私が煽っているように見える時は頑張って面白いことを言おうとしている時で、面白い面白くないに関わらず大意はない。

単なる冗談だ。